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夢降る夜と私小説。

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「ローランサンの娘たち」 知美 -1-

「ローランサンの娘たち」 知美 -1-_f0219978_21281726.jpg


ジントニックの氷が溶けてカランと音がした。独りで飲むのが好きなあたしは、盛り上がっているボックス席を離れてカウンターに座っていた。今日は大手ブランドの新プロジェクトのためのプレゼンの日だった。決定すればそのほとんどが任されることになるらしい。結果はどうであれ、今日はチームの打ち上げだった。

「マスター。おかわり」
空いたグラスをそっと前に出す。
「同じでいい?」
「うん。同じの」
随分前からこのショットバー・アクアに通っていたので、マスターともすっかり顔馴染みだった。
「今日は、みんな浮かれてるね」
「ほんと。プレゼン通るかなんてまだ決まってないのに」

カウンターに初めて見る女性がいるのに気付き、あたしはマスターに聞く。
「新しい人、入ったの?」
「ああ、そう。一週間前ぐらいから来てもらってるんだ」
新しいジントニックを私のコースターに乗せてマスターがその子を呼ぶ。
「紹介するね。新しいアルバイトのジュエル。宝石って書いて『じゅえる』って読むんだって。本当に、イマドキの名前ってすごいよね」

彼女は『またか』と言わんばかり、そっけなく答える。
「よろしく」

「おいおい、よろしくお願いします、だろ?」
マスターが慌てて取り繕った。
「で、なにさん?」
「知美。染谷知美」
「普通」
細い指でメンソールの箱の煙草を探しながら彼女は言った。彼女の愛想のない態度にマスターの困った顔が少し笑えた。それとは反対に客に媚びない姿にあたしは少し好感を持った。
「知美ちゃんは、デザイン会社のディレクターで、それもチーフなんだよ」
「チーフなんて、そんなそんな。クライアントとデザイナーの間に挟まって怒られる役目ですから」
「横文字ばっかり」
「あはは。時々来ます。よろしくね」
それがあたしとジュエルとの出会いだった。



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短編「ローランサンの娘たち」
これまでのお話はこちらからどうぞ
第1話 プロローグ
# by yumefuru | 2011-05-09 21:37 | 短編 ローランサンの娘たち

「ローランサンの娘たち」 プロローグ

「ローランサンの娘たち」 プロローグ_f0219978_2351927.jpg


「心理学を勉強しようと思うの。誰でも騙せちゃうような」
そのひとは、二人きりの部屋で突然話を切り出した。
「あたしみたいなロクデナシは、あなたに愛される資格なんてないの。だから、忘れて。今までの事はみんな」
高校二年の春。一つ上のそのひとは卒業式を迎えることなく私の目の前から消えた。訳も分からないまま、あたしは捨てられたのだ。



そして今でもずっとひきずってる。ずっと。あまりにも強烈で、あまりにも眩し過ぎる日々だった。電車が通るたび、似ている人とすれ違うたび、兎のオブジェの前で噴水の音を聞くたび。あの高二の頃にフィードバックして、そこかしこに現われる幻を今も忘れることができないでいる・・・。
# by yumefuru | 2011-04-28 23:06 | 短編 ローランサンの娘たち

祈りを込め「ローランサンの娘たち」に寄せて

福島の、復興への道は始まったばかり・・・。

東北が美しくよみがえりますように。

そんな願いを込めておはなしを書きました。

短編・10話完結。

気に入ってくれたら感想聞かせてくださいね。

そして、慎司、さくら、亮、唯の物語は、まだ続きます。少々お待ちください。


FC2小説という小説専門のサイト今回から「雫音」で投稿しました。
目次機能ありでとても読みやすくなっています。いっき読みはこちらからどうぞ。

「雫音」FC2小説へ→

祈りを込め「ローランサンの娘たち」に寄せて_f0219978_22394856.gif

# by yumefuru | 2011-04-28 22:35 | 作者より

僕らの永遠の夏

僕らの永遠の夏_f0219978_23364326.jpg
夏休みが近づき、一学期最後の音楽の授業。慎司先生が期末テスト前に課題にしていたグループ発表の日が来た。曲から、楽器の選択まで、グループで自由に決めることが出来るというものだった。あたしのグループは祐介くんの提案で、一青窈の「ハナミズキ」の合奏を選んでいた。

初めの構想では、パーカッション、ベース、ギター、ピアノ、そしてクラリネットの五人編成で演奏することになっていた。パーカッションにはドラム経験のある臼居浩哉くん、ベースには木下ユキちゃん、ギターは佐藤圭一くんが、そしてクラリネットは祐介くんに決まった。あたしは選択肢もなくピアノと言われたので、たまには違う楽器を弾かせて欲しいとお願いしたけど、祐介くんは『ピアノはさくらちゃんじゃなきゃ』と言うので仕方なく了承した。そこへ、ユキちゃんが『キーボードにしたらどう? いろんな音使えるよ。私、貸してあげる』と言ってくれた。グループのみんなからもオーケーが出たので楽器編成がピアノからキーボードに変更された。

キーボードではピアノのような抑揚は出せないけれど、あたしは“ストリングス”なる音色には心が惹かれた。

みんなで少しずつ少しずつ練習し完成した「ハナミズキ」。
最後に音の花を綺麗に咲かせてあげよう・・・。

先生は発表前に少しだけ最終練習の時間をくれた。各グループにアドバイスをして回っている。圭一くんがどうしてもまだ完璧に弾けないところがあると悪がっていた。あたしは「大丈夫だよ。みんなでカバーするから!」と言って励ました。

その声に振り返り、先生が笑う。

なんだか不思議だ。パパのこと・・・。ママのこと・・・。亮のこと・・・。たくさん悩んでいたことを、この頃、あたし忘れてる・・・。



各グループの発表が始まった。息が合わずやり直しをするグループもあれば、最初と最後だけがピッタリ合うグループもあった。そして、アカペラで「アメージンググレイス」を歌うグループの後はいよいよ、あたしたちの発表の番。

楽器の準備が終わり、祐介くんのカウントで曲がスタートする。

途中の音数が減る部分も、印象的なサビのフレーズも、皆が精一杯演奏した・・・。

うまく合わないところもあったけれど、最後まで演れた。

私は鍵盤からそっと指を離す。

演奏が終わると教室から拍手が起こり、ユキちゃんはあたしの手を取って嬉しそうに笑った。

「ありがとうございました」
祐介くんがお辞儀をする。

『良かったね!』
あたしは心からそう思った。


すべてのグループの発表が終わると先生からの総評があり、授業は終了。


―― 先生が笑って、みんなが笑って、あたしは、そういうのがずっと続くと思っていた。




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これまでのお話はこちらからどうぞ
第1話 ファースト・セッション1
第2話 ファースト・セッション 2
第3話 ファースト・セッション3
第4話 音のおもかげ
第5話 朝に・・・。(1)
第6話 朝に・・・。(2)
第7話 ビターチョコレート
第8話 いつものように
第9話 面談
第10話 雨(1)
第11話 雨(2)
第12話 僕の追跡(1)
第13話 僕の追跡(2)
第14話 エンドレスのiPod
第15話 ココロノイバショ
第16話 落ちた五線譜
第17話 トワイライトメール
第18話 アンバランスハート
第19話 夕陽の部屋
# by yumefuru | 2011-04-04 13:29 | 小説 STILL BLUE

夕陽の部屋

夕陽の部屋_f0219978_18292456.jpg


病室に入ると、幼い女の子が慎司を見つけて嬉しそうにパタパタと駆け寄ってくる。
「ぱぱ!」

「麻衣、いい子にしてたかい?」

元気にうなずく娘の髪をそっと撫でて、ベッドの前に置かれた椅子に掛ける。
「起きたりして大丈夫なのかい? 唯」

「・・・ええ。今日はとっても気分がいいの。先生もいいんじゃないかって・・・」

「そう。それは良かった」


「外は暑いんでしょうね?」

「ああ」

「もう、夏ね・・・」

唯は外を見て遠い目をした。
「どうしたの? なんだか、元気ないみたい」

「・・・。そんなことないよ」

通り雨の後、きれいに晴れた空。白い部屋が紅く染まる夕暮れが迫っていた。
# by yumefuru | 2011-02-25 21:44 | 小説 STILL BLUE
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夢が届けてくれた物語。そのかけらをひろいあつめて綴ります。


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