夢降る夜と私小説。

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「ローランサンの娘たち」 ジュエル -1-

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桜が舞い散る午後、あたしは偶然『その場所』を発見した。そこは、街が一望できる小高い丘の上に立つ街外れの美術館だった。森に包まれて建つ美術館の中庭には噴水があり、時折、虹をつくって涼やかに水が流れていた。その後ろには手足の長い兎のオブジェが空を跳ねるように置かれていた。美術館の中には小さなカフェ。屋外にはテーブルが出されていて、家族や恋人たちがオープンカフェで穏やかな時を過ごしていた。見覚えのある場所・・・。そう、ここは、知美の部屋にあった写真の場所だった。知美と知美の心を掴んで離さない『その人』が共に時を過ごした場所・・・。あなたは、あたしには決して見せたことのない笑顔で、『その人』とどんな言葉を交わし、どんな時間を重ねていたの? 静寂の中で聞こえてくる、小さい子供の笑い声と小鳥のさえずり。既視感に酔って眩暈がする・・・。あたしは近くにあった長椅子に座った。

・・・それなのに、また、あたしは性懲りもなく『その場所』に来ていた・・・。

あたしは、同性愛者ではなかったけれど、帰るはずもない恋人を待ち続ける年上のレズビアンと、誰かに愛されたいと心から切望する孤独な女・・・。この出逢いは運命だと思っていた。忘れてとは言わない。その想いごと抱きしめてあげるのに・・・。

あたしはいつかのマスターの言葉を思い出していた。知美と暮らして数日が経っていた。
開店前のアクアであたしは、テーブルを揃えていた。

「ジュエル。ちょっといい?」
皿を洗いながらマスターが言った。
「・・・はい」
「君は来たばかりだからまだ言ってなかったけど・・・。うちの店はね、お酒出すお店だから、勘違いする客が多いのも事実なんだけど、ココで出会った客とプライベートでの恋愛は基本禁止なんだ。言ってる意味わかるよね? それはうまくいけばいいけど、単なるお金目当てで客と付き合ったり、本気になって家庭壊しちゃったり・・・。そうやって、本当に店を辞めていった子が過去にもいたんだ」
「・・・」
「店の客が減るから言ってるんじゃない。客もスタッフも誰もがココに来れば、笑顔になれるような、そんなコミュニケーションの場所であって欲しいからなんだ」

そして、ふうっ、と一呼吸おいて、マスターは続けた。
「・・・知美ちゃんから昨日、連絡が来たよ。君のこと預かってますって。それと、年齢の事・・・」
「・・・それは・・・すみませんでした・・・」
「採用しちゃったからもう、仕事はね、後には引けない。十分注意して。俺は君を信用してるけど・・・彼女が女性と住むって事は、ほんとにとても特別な事なんだ。知ってるよね?」
「・・・」
「もし・・・それで、なんとなく打ち解けて、想いを伝えたとして・・・。頑なな彼女の拒絶に直面したら・・・ジュエル、傷つくのは君の方なんだよ」
「・・・」
「それでも・・・。今は、店の責任者としてじゃなく知美ちゃんの友人として言うよ・・・。大切にしてあげて」
「・・・マスター。さんきゅ」
「さあ、そろそろオープンだ」
「マスター、一つ聞いていい?」
「何?」
「あたし・・・。誰かと一緒に暮らした事なんて無くて・・・。何をしてあげればいいのか分からない」
「そりゃあ、居候なら、礼儀正しく居候らしくしたら」
笑いながらマスターは言う。あたしは少し考えた。
「・・・マスター。なら、料理教えて・・・」
アタマの悪いあたしは、そんな事ぐらいしか思いつかなかった。
「ははは。了解。知美ちゃんが喜ぶとびきりのやつ」
知美が喜ぶ・・・? その笑顔を想像したら嬉しくなって胸がアツくなった。

遠い昔に忘れていた温もりに触れて、舞い上がっていたあたしは、マスターの言葉の意味を全然理解していなかった・・・。


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短編「ローランサンの娘たち」
これまでのお話はこちらからどうぞ
第1話 プロローグ
第2話 知美 -1-
第3話 知美 -2-
第4話 知美 -3-
第5話 知美 -4-
by yumefuru | 2011-05-27 12:39 | 短編 ローランサンの娘たち
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夢が届けてくれた物語。そのかけらをひろいあつめて綴ります。


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