夢降る夜と私小説。

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「ローランサンの娘たち」 知美 -3-

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あたしは、心のどこかでジュエルが、親と喧嘩でもして家を飛び出した、世間知らずの甘ったれた女の子だと思っていた。一から十まで母親に手をかけてもらい、夜はお店で夜通し馬鹿騒ぎをして、夕方まで起きてこないようなタイプだと思っていた。ところがどうだろう。ジュエルが転がり込んで来てからというもの、レトルト食品ばかりだったテーブルには手作りの料理が並び、朝には、綺麗にアイロンがかけられたシャツがたたまれ用意されていた。あたしは朝、会社へ。ジュエルは夕方からアクアへ。部屋を借りている身だし日中は、暇だからといいと言うが、礼儀正しいその大人びた振る舞いには本当に驚くばかりだった。でも、間違っても、そう、間違っても恋に落ちるなんてことはないだろう・・・。



心地よい不思議な同居生活が始まって一ヶ月ほど過ぎたある日。その日もよく晴れた日で、久しぶりにお互いの休みが重なった日だった。ベランダで空を見ながらメンソールを吸うジュエル。白いシャツにストレッチのカーゴパンツ。細い足首が愛らしくのぞいていた。黒髪が風に揺れて太陽の光を受けるその姿は、女神も嫉妬しそうな美しさだ。あたしの視線に気付いたのか、振り返るジュエル。

「なに?」
「べつに・・・。あなたって、ほんと綺麗よね。若いっていいな」

「知美の部屋に飾ってある写真」
「え?」
「一緒に写ってる女の人ってさあ、ひょっとして恋人?」
「・・・高校の先輩よ」
「ふうん」
「嘘。つきあってた・・・。知ってたの? あたしが・・・女を愛する女って」
「マスターに、何で知美が結婚しないのか聞いたとき、それらしいこと言ってた」
「そう・・・。それで?」
「何が?」
「何がって・・・。嫌じゃないの? 一緒に暮らしてて。気持ち悪いとか・・・」
「別に。そんなの、いまどき珍しくないよ。あたしのクラスにも何人かいたし」
伸びをしながらベランダからリビングに入ってくるジュエル。
「・・・」
「知美は知美。あたしなんかを何も言わず部屋においてくれてる。感謝してるよ。それに・・・一人の人をずっと好きでいられるってホント凄いと思う・・・。思うけど」
「思うけど・・・何?」
「やっぱり・・・帰ってこない恋人をいつまでも想い続けるのはどうかな」
あたしは一瞬言葉を飲み込んだ。
「あなたに分かりっこないわ・・・」
あたしは天を仰いだ。あぁ、神様・・・。気持ちのいい朝だったのに・・・。ジュエルの言葉に少し苛立ちを覚え、自分の部屋に入ろうとすると、ジュエルはそれを制してあたしの両方の手首を掴んで、床に押し倒し組み伏せた。

「え?」

「あたしに、欲情しない?」
「か、考えたことない」
「嘘」
「嘘じゃ・・・ない。離してジュエル」
真っ直ぐに見つめるジュエル。
「試してみようか?」
あたしはキスされそうになって、顔を叛けた。
「お願い。離して・・・。どうして、こんなことするの? 恋人に捨てられた惨めな女を傷つけて楽しい・・・? からかってるなら・・・もう止めて・・・」
恥ずかしくて、悔しくて涙が溢れてきた。その涙を優しく手で拭うジュエル。
「違う、傷つけるなんて逆・・・。知美が・・・好きなんだ」
そう言うと、もう動けないでいる、あたしの左の薬指にキスをした。
「前に、進まなくちゃ・・・ダメだ・・・。あたしなら、知美を捨てたりしない。ずっと側にいてあげる・・・」
鎖骨の辺に顔をうずめて小さな声でジュエルはそう言った。

「それでも・・・。それでも・・・あたしはまだ、あのひとを愛してる・・・。あたしの全てだった・・・」

ガタっと音をたてて、ジュエルは立ち上がり、あたしの部屋のフォトスタンドを持って家から出て行った。

生暖かい涙が次々に頬をつたって落ちた。どうして、どうしてあたしはこうなのだろう・・・? 深い罪悪感でいっぱいになった。


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短編「ローランサンの娘たち」
これまでのお話はこちらからどうぞ
第1話 プロローグ
第2話 知美 -1-
第3話 知美 -2-
by yumefuru | 2011-05-20 12:40 | 短編 ローランサンの娘たち
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夢が届けてくれた物語。そのかけらをひろいあつめて綴ります。


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