夢降る夜と私小説。

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「ローランサンの娘たち」 知美 -1-

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ジントニックの氷が溶けてカランと音がした。独りで飲むのが好きなあたしは、盛り上がっているボックス席を離れてカウンターに座っていた。今日は大手ブランドの新プロジェクトのためのプレゼンの日だった。決定すればそのほとんどが任されることになるらしい。結果はどうであれ、今日はチームの打ち上げだった。

「マスター。おかわり」
空いたグラスをそっと前に出す。
「同じでいい?」
「うん。同じの」
随分前からこのショットバー・アクアに通っていたので、マスターともすっかり顔馴染みだった。
「今日は、みんな浮かれてるね」
「ほんと。プレゼン通るかなんてまだ決まってないのに」

カウンターに初めて見る女性がいるのに気付き、あたしはマスターに聞く。
「新しい人、入ったの?」
「ああ、そう。一週間前ぐらいから来てもらってるんだ」
新しいジントニックを私のコースターに乗せてマスターがその子を呼ぶ。
「紹介するね。新しいアルバイトのジュエル。宝石って書いて『じゅえる』って読むんだって。本当に、イマドキの名前ってすごいよね」

彼女は『またか』と言わんばかり、そっけなく答える。
「よろしく」

「おいおい、よろしくお願いします、だろ?」
マスターが慌てて取り繕った。
「で、なにさん?」
「知美。染谷知美」
「普通」
細い指でメンソールの箱の煙草を探しながら彼女は言った。彼女の愛想のない態度にマスターの困った顔が少し笑えた。それとは反対に客に媚びない姿にあたしは少し好感を持った。
「知美ちゃんは、デザイン会社のディレクターで、それもチーフなんだよ」
「チーフなんて、そんなそんな。クライアントとデザイナーの間に挟まって怒られる役目ですから」
「横文字ばっかり」
「あはは。時々来ます。よろしくね」
それがあたしとジュエルとの出会いだった。



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短編「ローランサンの娘たち」
これまでのお話はこちらからどうぞ
第1話 プロローグ
by yumefuru | 2011-05-09 21:37 | 短編 ローランサンの娘たち
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夢が届けてくれた物語。そのかけらをひろいあつめて綴ります。


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