「ゆかりちゃんが好き・・・」
「え、なんで?」
「『好き』に理由なんてないよ・・・」
「私たち神様の『試作品』でしょ? 間違っても多分、神様だって『あぁ、試作品だからしょうがない』って大目に見てくれるよ」
「は? 何それ? ゆかりってばアニメの見過ぎじゃない?」
午後の教室。ゆかりが話していた。ゆかりの周りはいつも賑やかだ。
「ね? ね? 莉緒もそう思うでしょ?」
「ん。どうだろ。ゆかりちゃんは哲学的だね」
学校では、秋の学園文化祭まであと二週間を切っていた。各クラス準備に忙しく過ごしていた。
不幸にも、私は、文化祭委員。もう、あれこれグチャグチャだ。ありがたい事に生理まで来てしまう始末。微熱のせいで吐き気がして頭が痛い。
「莉緒さん。今日、また、資材の不足分、買い出しお願いして良い?」
「あ、う、うん」
『まだ頑張れるよね、私・・・』
買い物リストを受け取ろうとした時、ゆかりが傍からそれを取りあげた。
「だめ。莉緒は、今日は私と一緒に早く帰るの」
「えっ?」
「莉緒は一昨日から熱がある」
「えっ? 何で知って・・・? えっ?」
「だ、か、ら、あるでしょ。熱!」
キッと睨むゆかり。
「頑張り過ぎは良くないよ。無理しちゃダメ。そう言う訳だから美沙、後は、よろしくね」
「えー、ちょっとぉ、ゆかり!」
そう言うと私の手をひいて廊下をすたすたと歩きだした。
「ゆかりちゃん・・・待って、あ、歩くの早いよ」
「ほら、ふらふらしてる。それに、手がもうこんなに熱い」
「それは・・・」
「何?」
『・・・それは、風邪気味っていうだけの理由じゃなくて・・・』
『鍵は?』と言って、ゆかりは、私のかわりに駐輪場から、自転車を出して来てくれた。
「ありがとう。ゆかりちゃん」
いつも不思議に思っていた。なぜ、ゆかりは何も言わなくても、私の事がわかるのだろう?
そう思ったら私は無意識につぶやいていた。
「ゆかりちゃんが好き・・・」
「え、なんで?」
「『好き』に理由なんてないよ・・・」
「ゆかりちゃんの笑った顔とか、怒った顔とか、話し方とかも・・・全部が愛しくって・・・。ごめん・・・。気持ち悪いよね・・・。迷惑だよね。でも、どうしようもないの・・・」
夕焼けに照らされたグラウンド。自転車を転がすゆかりと私の長く伸びた影。
「・・・」
ゆかりは真っ直ぐ前を向いて黙ったままだ。
あぁ、この道を一緒に歩いて帰る事は、もう二度と無いのだろうか。
そう思ったら涙が溢れて来た。
「ゆかりちゃん。明日も一緒に帰ろう」
叶うはずのない約束をして、私は自転車を引き取り、ゆかりを残しペダルを漕いだ。
漕いで漕いで、涙の大河の向こう岸。
そうして、あろう事か私は、いや、予想通り、高熱を出して三日間ベッドの中。『明日』は私に来なかった。約束を守れなかったのは私。
ゆかりは気がつくといつも誰かを気遣って助けているそんな子だ。
背の低い子の黒板消しを手伝ってあげたり、具合の悪い子を保健室に連れていってあげたり・・・。とにかく困っている子を見ると放っておけないらしい。
一学期のはじめ、クラスに馴染めずにいた私。クラス対抗の陸上大会で、私は、苦手だと主張したにもかかわらず、走り幅跳びに出る事になった。
私の最後の跳躍の時、ゆかりは八〇〇のきついレースの後、息を切らしながら踏切の側まで来てくれて、「跳べ! 莉緒」と、真剣な眼差しで応援してくれた。
『あの日から、二人色んな話をするようになったよね』
天真爛漫で、全力投球のゆかり。変わった言い回しや、突飛な言動に驚かされるけど、それがたまらなく魅力的で、その度に新しいゆかりを発見するのがとても嬉しかった。
誰かのために何かをしているゆかりを見るのも好き・・・。
でも、何よりも、ゆかりの隣は居ごこちが良くて、一番近くにいる私は、特別みたいに思えて・・・。あなたは、私のかけがえの無い存在になっていた。小さな小さな優しさが、ゆっくり胸に降り積もり、つまり、私は、いつしか恋に落ちていた・・・。
だから、
『え、なんで?』
理由なんか聞かないで欲しかったよ・・・。
ゆかりへの愛しさが募り、冷んやりとした空気の中、目が覚めた。
・・・学校に行かなきゃ。
ひどい顔だ。
ゆかりはいつも通り私に笑いかけてくれるだろうか? そもそも、友達でさえもなくなってしまったら・・・。
そんな事を考えたら不安で、教室に向かう足取りが重くなる。やっとの事、自分の席にたどり着く。
チクタクチクタク。
ゆかりも私も一言も交わさず時間が過ぎていった。
私が休んでいる間、クラスは大変な事になっていた。文化祭の準備が進んでいない事から、緊急ホームルームが開かれた。
今現在の進行状況の報告と対策を一通りまとめホームルームを終えたものの、一部の女子は、憤りを放課後まで引きずっており、当然ながら、文化祭委員の私に怒りの矛先が向いていた。
「大体、無責任じゃない。文化祭委員が、こんな大事な時に三日も休むし、いる人任せでさ。準備、間に合うわけないよ」
「疲れてんのは一緒なんだよね」
「・・・ごめんなさい。本当に」
非難の声が次々にあがる。その時、ずっと黙していたゆかりが口を開いた。
「あのさ、今さっきクラスみんなで方向決めたじゃない。誰かのせいにしないで、どうしたらできるか考えようよ。こんな言い合いしてる事のほうが時間の無駄なんだってば」
「ゆかりちゃん」
「ゆかりは、きれいごとばっかり言って。だって間に合うかどうか、わかんないんだよ!」
「きれいごとでも何でも、間に合うかどうか、やってみなきゃ分からないでしょ。やるかやらないかだと思う。違うかなぁ」
教室中が静まりかえった。
「今日は、みんな早く帰って、頭冷やして、明日からまた始めよう。疲れた頭と身体じゃ、何もいいアイデアも浮かばないし、作業も進まないよ」
「みんな、本当にごめ・・・」
「莉緒は謝るな。謝るくらいなら、明日からみんなのために頑張るって誓え!」
「・・・うん。・・・うん。みんな・・・私、残りの時間、精一杯頑張るから、だから・・・だから、文化祭をみんなと作りあげて一緒に迎えたい。よろしくお願いします」
私をかばってくれたゆかりに感謝しながらも、今は、文化祭の事なんて、どうでも良くて、ゆかりの気持ちと、三日遅れの『明日』が来るのかどうか、そればかりを考えていた。
『なんか、自分の事ばかり・・・。最低だな・・・私』
駐輪場から自転車を出していつもの場所でゆかりを待つ。
もし・・・、もし、この場所にゆかりが来てくれたら、真っ先に『ありがとう』って伝えよう。そうだ。どんな結果でも後悔しない。友達でさえいれたらもうそれで充分。
「りぃお。お待たせ」
「ゆかりちゃん」
「泣くなぁ」
ゆかりの手が私の髪をクシャッとする。
「今日は、ありがとう・・・。もう、話してくれないかと思った」
「んなわけないじゃん」
「だって、だって・・・」
「私たちは壊れたりしないよ」
「何で・・・何でゆかりちゃんは、私が、本当に困っている時、いつも助けてくれるの? 今日だって・・・。優しくされたら、私・・・もしかしたらって期待してしまう」
「あたし、クラスの子に嫌われても平気。莉緒が、あたしに好きって告白する勇気に比べたら全然だ」
「・・・」
「好きって言ってくれたこと、嬉しかった。ありがとう。莉緒。怖かったよね。寝込んで学校休むくらいだもん」
「・・・」
「付き合おうよ。私たち。あたしの隣にいるのは莉緒で、莉緒以外なんて想像できないよ」
「え? ・・・ゆかりちゃん?」
「私たちまだ高校生だし、何が正しいかなんて考えなくってもいいと思う。だって、私たち神様の『試作品』でしょ? 間違っても大目に見てもらえるよ」
そうして、照れながら、ゆかりは言った。
「もともと両想いだもん」
「ずるいよ・・・ゆかりちゃん。私が、どれだけ泣いたか知ってる?」
「うふふ。好きな人の事だから、良く知ってる。でも、もう、泣く必要はない」
悪戯っぽく笑うゆかりに面食らい『軽いよぉ』と私が言ったら、『軽くて結構。しあわせならそれでいいの』そう言ってゆかりは恋人同士がするように優しく指を絡めた。
「文化祭の最後の日、片付けの時、二人で抜け出さない?」
「え?」
「屋上で星を見ようよ」
「素敵」
「決まりね」
※素敵なお写真は、写真AC様よりおかりいたしました。